THPWの地下道場リングで、もう何十分も首ブリッジを続ける男。
ダークレッドのショートタイツは緒方大輔だ。
黒杭大凱にやられた身体中が痛む。
その痛みによって自分を戒めるかのように、緒方は体重を痛覚に合わせて移動させた。
(あいつは強い・・・・俺よりもはるかに・・・・)
緒方の人生は、己を強くするための道のりだった。
男の筋肉が発する、野性の記憶、本能の源。
その美しさに魅せられ、虜になった。
ミケランジェロが石の塊から超絶肉体美を掘り出すように、緒方は己の肉体を理想の型枠にジャストフィットさせるよう肥大させ、そぎ落とした。
完璧な肉体はそれ自体思想を持つ。
形だけは整っても、それが作為的な重りだけを相手にしてきたものなのか、男同士の筋肉をぶつけさせてきたものなのか、発せられるオーラで解かる。
緒方の男道は自然とプロレスに向かっていった。
肌と肌が直に触れ合い、互いの体液にまみれつつもつれ合う。
男にしか理解し得ない激烈な興奮、崇高なステージ。
ステージ・・・・
そう、プロレスは闘う姿を人に見せるものだ。
闘いを娯楽として他人に提供しようとした時、そこに生じるドラマチックな演出。
それにはだた単に相手を叩き潰すより、ずっと高度な身体能力が要求される。
相手の技を受け、傷つく自分を美しく見せる。
このあまりに人間的で雄々しい行為が、プロレスを単なる格闘技とは一線を画す要素となっている。
そこに、さらに男の情欲という側面に光を当てたのが地下プロレスだ。
地下プロレスラーとして生きていくことで、緒方の肉体は艶を増していった。
理想の「男」に近づいていく実感を得ることが出来た。
最強で最エロの男へ。
黒杭大凱が現れるまでは・・・・
黒杭に敗れ、リング上で犯された時、緒方は知ってしまった。
圧倒的な力に征服される悦びを。
自我が崩壊するほどの屈辱がもたらす淫靡な快楽を。
東京湾に沈められるところを田代誠二に助けられ脱出した夜。
氷のような海を必死で泳いだ時、緒方の胸に去来したものは何だったか。
黒杭大凱に対する怒り、憎しみ、そして・・・・・
自分が敗残者になってみて、絶対許せないと思っていた朝倉大悟への気持ちに揺らぎが生じた。
悪魔の男根に突かれ苛まれた朝倉は、地獄に引きずりこまれたのだ。
自分はそれを救わなければならなかったのに・・・・
俺は理想の男になどなっていなかった。
近付いてすらいなかったのだ・・・・
全裸で岸にたどり着いた緒方は、早朝にたまたま行われていた寒中水泳の一団から赤褌を拝借し、集団に紛れた。
「オーウ!ジャパニーズ・フンドシ!グレイト!」
写真撮影を求めてきた外人の観光客にケータイを借り、長谷部に連絡した。
そして山の特訓場に身を隠し、一から己を鍛えなおす日々が始まった。
朝から晩までショートタイツで過ごし、男の感度を研ぎ澄まさせた。
自然を相手にする特訓は、緒方の野性を存分に引き出した。
ショートタイツは擦り切れ破れ、穿けなくなると街からパセリが呼ばれた。
タイツ職人のパセリの採寸は精緻を極める。
「緒方ちゃん、すごいな~!前よりチンコが大きくなってるよ。
測るたび大きくなってく。
大きさだけじゃなくて、形も・・・・
エロくなっていってるよ。」
普通の人間なら一瞬で失神しそうな水圧の滝に打たれながら、緒方の男根はショートタイツの中でビンビンに怒張した。
(待っていろよ・・・・黒杭・・・・・・!)
満を持して臨んだはずの黒杭との再対戦は、
最悪の結果となった。
まったく反撃できなったばかりか、またしても朝倉大悟を目の前で汚された。
強大な力に踏みにじられる自分の姿を俯瞰して、緒方の股間は熱くなる。
ブリッジで反り返った汗だくのタイツが、盛り上がった男根の部分だけ体液が蒸発し乾いている。
(俺は結局、奴の慰み者でしかない存在なのか・・・・?)
マットに広がる汗だまりに、人影が映った。
ライディーン竜崎だった。
「やっぱグリーンかな~。」
パセリが持ってきたタイツの生地のサンプルを見て大岩瞬がはしゃぐ。
「俺はいつもはブルーなんだけど桜井さんとかぶっちゃうだろ?
緑が若々しくていいんじゃないかな。
レスラー・ファーストの理念を掲げて、みたいな。」
ちょっとした躁状態の大岩に、田代誠二は泣きたくなる気持ちをグッとこらえた。
「うん!瞬にはグリーン、似合うと思うよ。」
(瞬・・・・絶対無事で帰ってきて・・・・・・)
「アイツはもはや改造人間の域に達しておる。
超成長水という悪魔の薬品を、黒杭は開発したのじゃ。
それに浸かると、人間の潜在能力、特に男の部分を最大限に高めることができるのじゃ。
大凱は一日の大半を超成長水の中で過ごしている。
無論、そんな薬品が人体によかろうはずもない。
だが、ヤツは魂を悪魔に売り渡したのじゃ。」
竜崎はショートタイツ姿だった。
軍隊色を思わせるモスグリーンのタイツはモッコリを野性的に見せている。
とても老人と思えない張りとボリュームのある筋肉。
顔と声だけが爺さんなのが不気味で、同時に卑猥な雰囲気を醸し出していた。
竜崎はタイツにたくし込んでいた小さなボトル容器から液体を手に取ると、ペタペタと身体中に塗っていった。
「この歳になると保湿がかかせなくてな。
アンチエイジングは面倒だが、はまると楽しいものじゃの。
じゃが、大凱はやりすぎじゃ。
人の領域を逸脱しておる。
まあ、そもそもアイツはヒトとして生まれてこなかったのかもしれんがな・・・・・」
ブリッジを止め、汗の水たまりに正座する緒方に向かって、竜崎は話し続ける。
「実は・・・・、儂は大凱の種となった射精を覚えておるのじゃ。
試合の後、昂った状態でタイツの中に射精をするのはあの頃の儂の習慣じゃった。
対戦相手の肌の感触、嗜虐的な眼の光、儂の股間に注がれる観客の視線、そういったものを想い出しながら至福の時を過ごしたものじゃ。
じゃが・・・・
あの日、射精の瞬間、儂の視界が真っ黒になったのじゃ。
目を瞑っていたからではない。
いつもはむしろ真っ白く脳内にはじけるような感覚の中で絶頂を迎えるのじゃが、あの日は漆黒の闇じゃった。
胸騒ぎを覚えた儂はザーメンの付着したタイツをほうり捨てその場を立ち去った。
まさか嘉右衛門の奴がそれを基地外の局部になすり付けるとは・・・・」
竜崎はしばらく一点を見つめて固まっていた。
やがて顔を上げ、正座をする緒方を真っすぐ見た。
「アイツの責任は儂がとる。
じゃが、儂一人では無理かもしれん。
緒方、おぬしに儂の究極の技を伝授する。」
竜崎がリングに上がり、緒方の眼前に逞しい下肢が近づいてきた。
ほのかに加齢臭がした。
つづく
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