台風は今夜にも都内を直撃するという。
田代誠二は天候を心配しつつも、今夜の大一番に履いていく競パン選びに余念がなかった。
「やっぱり赤だよな。アシックスのハイドロCD。この透け感が緒方のショートタイツにいちばん近い気がするし。」
誠二は緒方のエロいやられっぷりが大好きであったが、今夜だけはあのメガ・バズーカ黒杭を完全に葬り去ってほしかった。
最近ではブラックパイルの黒服たちが我が物顔で会場を闊歩している。やつらがウロウロしているせいで試合を見ながらのセンズリにもいまひとつ集中できない。賭け金の取り立ても随分横暴になった。
(それに、緒方は大岩君の先輩だしな・・・)
あの地獄のタッグマッチの夜、大岩に手を貸したことで二人の間に甘酸っぱい感情が生まれていた。
別れ間際、誠二の青い競パンの股間を軽くタッチしながら大岩は言った。
「今はゴタゴタしてるけど、みんな片付いたらまた会ってくれる?」
「うん・・・・」
大岩の、同じく青いショートタイツの股間が硬くなり始めているのを手のひらに感じながら、誠二は頷いた。
(大岩君・・・今夜もきっと会えるね。)
おもわず陰茎を握りしめている自分に気づき、ハッと我に返る誠二。
「おっといけない。3日も禁オナニーしてるのに、今出したらダメダメ!」
壁の時計を見ると、誠二はそそくさと出かける支度を始めた。
大岩瞬は今夜の試合の仕様を伝えられ、改めて戦慄していた。
リングの四方を鉄製の金網フェンスが高く覆っている。
リング内には緒方と黒杭の二人だけ。レフェリーさえも入らないという。
どちらかが、完全に相手を叩きつぶし、先に金網を乗り越えた者が勝者となる。
逆にいえばリングを乗り越える者がいない限り試合は終わらない。
無法地帯のフェンス内でどんな凄惨な闘いが繰り広げられるのか・・・・
スティール・ケージ・ラストマン・スタンディング・デス・マッチ。
「長いな。略してSCLDMにするか。まだ長いな。覚えられねえ・・。」
意味のない独り言を言って、必死に心を落ち着かせようとする大岩だった。
「さて、お掃除でもしちゃいますかね。」
何かしていないととてもやってられないと、控室を片づけ始めた。
大岩達が山の特訓に言っている間、控室は掃除をする者もいなかったのか随分埃がたまっている。
せっせと履き掃除をしていると、ロッカーに肩がぶつかった拍子にひとつの扉が開き何かが落ちてきた。
拾い上げるとそれは黒いショートタイツだった。
(権田さんのだ・・・・)
権田は黒杭との一戦の後、試合姿のまま病院に担ぎ込まれた。
あの時のタイツは、失禁でビショビショになっていた。
これは予備のタイツだろう。
(権田さん、今夜は会場に来られるかな・・・・・?)
緒方や権田との楽しかった日々を思い出し、ふいに涙ぐみそうになった大岩は頭をブンブン振ると、また掃除に取り掛かった。
「望、まだ無理しないほうがいいって。先生も外出は控えるように言ってるし・・・」
新垣裕之は起き上がろうとする権田望を必死になだめていた。
「ヒロ・・・、き、今日は行かなきゃならんのだ・・・・行かせてくれ・・・・」
ようやく話せるようになった権田は新垣に懇願した。
「く、黒杭大凱は悪魔だ・・・緒方が心配なんだ・・・・」
「それは解っているよ、望。だけど僕は望の体が心配だ。」
メガ・バズーカ黒杭に半殺しの目に逢い惨敗した恋人を、できればリングに近付けたくない新垣だった。
「俺が行ってもなんの助けにもならないかもしれない。だ、だが俺はアイツと闘ったことがあるんだ。もしかしたら・・・もしかしたら緒方の力になれるかもしれない。た、たのむ行かせてくれ!」
しばらく目を瞑って黙考していた新垣が目を開けた。
「わかったよ、望。僕たちもTHPWの一員だもの。今日はいかきゃな。」
「ヒロ・・・ありがとう!」
「長谷部さんに電話して、誰か迎えに来てもらうよ。きっと大岩君が来ると思うけど。」
スマホを取りに行くふりで権田に背を向けた新垣は、涙を指でそっと拭った。
「そうか・・・解った。後で大岩に行ってもらうよ。権田と新垣君に来てもらえたら心強いよ。今日は総力戦だからな。ではまた後で。」
携帯を折りたたんだ長谷部康文は、部屋に集まっているTHPWの地下レスラー達に振りむいた。
「権田が来るそうだ。」
部屋中のレスラー達から「おーっ!!!」と歓声が上がる。
長くTHPWの王者に君臨していた権田は地下レスラー達の兄貴的存在だ。
その兄貴をボロボロにした憎いメガ・バズーカに、今夜は緒方が仇をうってくれる。
「さっきの説明を頭に叩き込んでおけよ。黒杭組の連中が妙な動きをしたら、すぐさま俺に報告だ。あいつらは信じられないくらい汚いからな。くれぐれも油断は禁物だ。」
長谷部の大声で、部屋が静かになる。
「フェンスに囲われているとは言え、あいつらが卑怯な手を考えていないとは言い切れない。絶対にそんなマネはさせねえ。お前たちが緒方を守るんだ!」
「おーっ!!!」
再び、地下レスラー達の雄叫びが部屋に響き渡る。
長谷部は男どもを見渡して、改めて気を引き締めた。
(泣いても笑っても今夜で決まる・・・・緒方、頑張ってくれ・・・・!)
今、孤独な闘いに挑もうとしている緒方に、少しでも力になれるのは俺達しかいない。
そう、俺達しかいない・・・・
本当はこんな時に緒方が一番傍にいてほしい男はもういない・・・・
(もういないんだ・・・・・)
長谷部は一瞬硬く目を瞑ると、会場の見取り図を広げ、再び地下レスラー達に声を張り上げた。
シャワーの湯煙に、彫刻のような美しい裸体が浮かびあがる。
朝倉大悟は先程までの行為の残滓を洗い流していた。
黒杭大凱は最後まで射精しなかった。
ただしその赤黒い一物は全く衰えることを知らず、朝倉のケツを貫き、貪り続けた。
朝倉自身は3回以上はイッただろう。3回目までしか覚えていないのだ。
(あの獣の交尾に、俺は完全に囚われてしまった・・・・)
大悟と大凱の関係は、心というものを一切介していないかのようだった。
普段、大凱が朝倉を見る目は、たとえば洗面所の歯ブラシを見る目となんら変わりはなかった。
SEXの最中といえば、さらに即物的に扱われているような気がする。
だが、それでも朝倉は快感の濁流に抗うことができないのだった。
リングで串刺しにされ、犯された瞬間から朝倉はまさに性奴隷と化してしまったのだ。
(俺はもう人間じゃない。ただのオナホールだ・・・・)
そんな自虐も、大凱の一突きでうやむやにされてしまう。
ボディーソープでなめらかに滑る指が、逞しい臀部の割れ目に滑り込む。
肛門に自身のやわらかな愛撫が加えられる。
(ああ・・・・ハードなのばっかりだとこんなのも新鮮だ・・・・・)
人間の営み・・・愛の営み・・・・ ・・・・・!
突然甘いフラッシュバックが朝倉の脳髄と肛門に閃光のように駆け抜けた。
(大輔・・・・!)
「大輔!」
知らずに声を出してしまっていた自分に驚く。
これまで、心の奥底に封印していた大輔との思い出が、突然堰を切ったようにあふれだした。
(今夜は・・・、そうだ・・・大輔と大凱の・・・・・!)
快感に身を任せ、そのほか一切の煩わしいことから逃げていた朝倉に、とうとう〝現実〟が追いついてしまった。
(俺を快感の虜にした男と、かつて俺を愛した男が決着を着ける・・・・・)
「かつて愛した」という語彙が、予想外に朝倉の心に突き刺さる。
(大輔はもう俺を愛していない・・・・俺のせいだ・・・・俺が悪いんだ・・・・・)
シャワールームに崩れ落ちる朝倉。
白い湯気が美しい筋肉を覆っていった。
真っ暗なトレーニング・ルーム。
蝋燭に火が灯され、全裸で正座する緒方大輔が浮かび上がった。
山から戻ってから、何時間も一人で瞑想していた緒方。
小さな炎にライディーン竜崎の肖像が照らされている。
「あなたの子種が、とんでもない悪魔になりました。
あなたは地下プロレスの神です。雄の欲望をプロレスと融合させ、体現したまさに創造者です。
俺は、生まれついての地下プロレスラーです。これ以外の生きる道は考えられません。
それが今、あなたの子種に壊されようとしている。俺の人生だけじゃない。あなたが必死に築き上げてきたこの組織もやつに飲み込まれようとしています。」
風もないトレーニングルームで蝋燭の炎が瞬き、ライディーンの写真が揺れた。
「あいつは俺の先輩を病院送りにし、後輩を裏切らせ、仲間を袋叩きにし、そして・・・・そして、おれの恋人を寝取りやがった・・・・・!」
正座の上で拳が固く握られ、爪が食い込んだのか血が流れ始める。
「あいつだけは許さない!」
緒方はライディーン竜崎の写真を睨みつけた。
「本来なら、あなたの遺伝子が残っているなんて奇跡です。とても貴重なものでしょう。
でも、俺はその存在が許せない。抹殺します!」
緒方は立ち上がり、傍らに置いてあったショートタイツを足に通した。
薄く収縮性のある布がぐっと睾丸と陰茎を締め付け、亀頭がその締め付けに対抗するようにくっきりと浮き出る。
ケツの割れ目にしっかり食い込んだ生地が、肛門に刺激を与え前立腺を活性化する。
炎が一瞬激しく揺れ、ライディーン竜崎の写真の股間が勃起したように見えた・・・・
「いよいよじゃな・・・・・覚悟はできておるかな?」
「そっくりお返ししましょう。今度こそあなたたちには撤退してもらいます。」
鷲号会長と黒杭嘉右衛門組長の不気味なシルエットが会長室の曇りガラスのパーテーションに染みのように浮き出ていた。
夜になり、予報通り関東に上陸した台風が、都内をすさまじい嵐で覆い尽くした。
轟く雷鳴の音も、地下深くの雄どもの巣窟には届かなかった。
つづく
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