「THPWの経営権を、次のタイトルマッチの試合結果次第で、黒杭組に移譲することを検討する。」
鷲号会長の苦渋の決断が下されたのは1週間も前のことである。
理事に名を連ねるこの国の黒幕たちの中には、闇組織の脅迫に屈するべきではないという意見ももちろんあったが、
タイトルマッチで万が一黒杭側が勝利した場合、それでもこちらが権力を守ろうとすれば、闇組織は国に牙をむくだろう。
いくら黒杭組が強大であっても、一国家に歯向かって勝てるはずがない。
だが、奴らが捨て身になったら、この国をスキャンダルの嵐に晒すことはできるのだ。
そうなったら地下プロレスそのものの存亡が危なくなる。
鷲号会長は、THPWのトップしか入ることのできない金庫エリアにいた。
指紋認証で開いた引き出しから取り出したのは、1本のビデオテープだった。
(必ず勝ってくれ、緒方・・・・・)
金庫エリアから出た鷲号会長は、スーツの内ポケットからスマホを取り出した。
「・・・長谷部か?渡したいものがあるので会長室に来てくれ。」
「ライディーン竜崎のビデオだ。」
長谷部から渡されたビデオテープは表面がベタベタしているように緒方には感じられた。
地下プロレスの伝説。
必ず、相手を昇天させ、リングに沈める最強の必殺技を持っていた男。
そして、その技ゆえに自分の雄力を使い果たし逝ってしまった男。
ライディーン竜崎がこのビデオに映っているというのか?
「鷲号会長が保管していた。現存するライディーンの映像はこれだけだ。」
長谷部は緒方の目をまっすぐに見据えた。
「危険なビデオだぞ。」
緒方は長谷部を無言で見返していたが、やがて言った。
「俺は黒杭を倒す。そのためなら何でもする。」
地下施設の静けさが、鼓膜を切り裂くような一瞬。
「わかった・・・・・」
長谷部はポケットから鍵を取り出した。
「鷲号会長からこれも預かった。山荘の鍵だ。今からそこに行く。」
1時間後、緒方と長谷部、そして大岩が地下施設の駐車場から車で出て行った。
その様子をこっそりと伺っている人影に、3人は気付かなかった。
「ライディーン竜崎・・・・・。その名をまた聞くことになろうとは・・・・・」
偵察に出ていた不破から、緒方たちの動向を報告された黒杭嘉右衛門は、深くため息をついた。
「大凱、お前に話す時がきたのかもしれん。」
父親の、どこか尋常ではない声音に、黒杭大凱が顔を上げた。
「因縁じゃ。鷲号が最終決戦にどうケリをつけようとしているのか解った。これは因縁なのじゃ。」
怪老人の、息子への「告白」は一晩中続いた。
夜明け近くに、緒方たちの車が、山深い山荘に到着した。
車から降り立った緒方は、赤いショートタイツ一枚身につけたのみ、といういでたちだった。
「来週の試合まで、お前はそのタイツを脱ぐことはできない。雄の精気をタイツに充満させるのだ。」
山荘の外には屋外リングがあった。
風雨に晒されていたにしては状態が良い。
「ここにまた人が来るとはな。」
山荘から3人の屈強な男たちが出てきた。
3人ともビキニパンツ一丁だ。
「この山荘の管理人たちだ。そしてお前の練習相手だ。ここは地下プロレスラー養成所だったのだ。」
長谷部の説明に3人が付け加える。
「権田もここで俺たちに揉まれていったんだぜ。」
「あいつが最後だったかな。それ以来誰もここに送り込まれてこなかった。」
「会長から連絡をもらったぜ。えらく短期間で仕上げてくれってことだったが・・・・」
長谷部がカバンからビデオテープを取り出した。
「ライディーン竜崎の技をモノにする。相手は黒杭嘉右衛門の息子だ。」
「なんだって・・・・!?」
3人は絶句した。
やがてモスグリーンのパンツの男が緒方に言った。
「鷲号が何を考えているのかわからないが、どうやらお前は過去の因縁に巻き込まれたようだな。」
「さ、とにかくライディーンの技をなんとかしたいんだったら、あんまり時間ねえぜ。早速ビデオを見よう。」
白いパンツの男が一同を山荘に促す。
随分煤けているが、白いタイツは緒方に朝倉を思い出させた。
緒方の胸の奥でズシンと重い痛みが走る。
(黒杭大凱・・・・お前には借りが出来すぎちまった。まとめてお返しするぜ・・・・!)
朝霧が濃く立ち込める山荘で、大岩の持ってきたビデオデッキに古いテープが差し込まれた。
そこに映っていたのは・・・・・・!?
つづく
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