― 3年前、都内某所地下リング ―
「ああっ!なんということでしょう!藤堂ダウンです!鮫島の足刀3連発で大の字に倒れてしまっています!」
・・・・・・フォー!、ファイブ!、シックス!・・・・・・・
レフェリーのカウントがやけに遠くに聞こえる。
立たなければ・・・・
俺はチャンピオンだ・・・・
「藤堂、立ち上がりましたーっ!無敗の王者の意地でしょうか!?地下の英雄、フラッシュ藤堂、立った―っ!場内は割れんばかりの大歓声です!」
ぐっ・・・・焦点がうまく合わない・・・・・鮫島はどこだ?・・・・・あの生意気な小僧は・・・・・?
「あーっと!鮫島、足取りがおぼつかない藤堂のバックを取った!何を狙っている?あーっ!ジャーマンだ!投げっぱなしのジャーマン・スープレックスだーっ!リング中央の硬い部分に藤堂の脳天が叩きつけられたーっ!」
・・・・ぐは・・・・ん?・・・・ここはどこだ?・・・・照明?・・・・リングか?・・・・あ・・・・俺は意識を無くしていたのか・・・・?
「藤堂、ピクリとも動きません!お客さんの藤堂コールは届いているか!?無敵の象徴、黒いショートタイツは息を吹き返せるのか!?」
シックス!、セブン!エイト!ナイ・・・・・
「おっとー!鮫島、レフェリーのカウントを制止したーっ!藤堂の髪を掴んで、あーっ!チョーク・スリーパーだ!しかも無理やり藤堂を首から持ち上げてスタンディングの形に持っていくつもりか!?藤堂の全体重が首にかかっている!これは危険だ!あーっ!鮫島、なんというパワーでしょう!藤堂が吊りあげられていくーっ!弱冠19歳の鮫島、地下プロレスの王者、藤堂を人力絞首刑に処するつもりかーっ!藤堂の膝にはまったく力が入っていません!おおっ!鮫島片手を解いて藤堂のタイツを掴んだ!あくまで立たせた形でトドメを刺す気だ!無敵の象徴の黒タイツが引っ張りあげられて、ああっ!藤堂の陰毛が見えています!王者藤堂、陰毛を曝して19歳に片手スリーパーに吊られています!なんという衝撃的な光景でしょう!あーっ!藤堂、口から泡を吹いている!完全に白目を剥いています!これは危険だーっ!もう決着はついているでしょう!レフェリーが止めにはいっているが、鮫島、技を解きません!王者の無残な姿を観客に見せつけているようです!これは危ない!藤堂が死んでしまうーっ!!!」
餓鬼にバックから首を取られ、邪鬼のパンチを腹に受けながら、藤堂は鮫島との屈辱の闘いを思い出していた。
それまでプロレスで自分より強い男はいないと思い込んでいた藤堂の心は、ズタボロに引き裂かれた。
(そして俺はその挫折から逃げた・・・・・)
邪鬼のパンチはタイツを掴んで反動をつける、アメリカン・プロレスでよく見る典型的なヒール・スタイルだった。
タイツを引っ張られるたびに、インナーを履いていない藤堂の男根が上から丸見えになった。
竜崎老人以外客もいないリングでショー的なプロレスをしてしまうのは、プロレスラーの性だろうか?
鬼神はまったく動かず、コーナーで不気味に邪鬼・餓鬼を見守っている。
「オニイサン、このパンツ、もしかしてタスケの?」
藤堂のオレンジのタイツを引っ張りながら邪鬼が笑う。
そう、このタイツはレスキュー・タスケのものだ。
神埼太助を病院に見舞った際に、洗濯を頼まれていたのをすっかり忘れてリュックに入れっぱなしになっていたのだ。
突然試合をすることになってそれを思い出し、履いたのだが・・・・・
「これザーメンの染みだろ?あの時タスケの野郎イっちゃってたもんな。」
タスケの射精タイツは1週間以上たってカピカピになっていた。
饐えた臭いが立ち上っている。
「キッタネエ~!オニイサンよくこんなの履けたな。チンコ病気になるぜ。」
「う、うるせー!俺と神埼は兄弟も同然なんだ!このタイツはお前らへの神埼のリベンジだ!」
藤堂は後ろの餓鬼の腕を取ると、眼にも留らぬ速さで背負い投げに放り捨てた。
餓鬼の身体が、前にいた邪鬼に激突する。
ダウンした餓鬼の首に藤堂の太い足が絡みつく。
レッグ・シザースで餓鬼の動きを止めた藤堂は、両腕を伸ばし倒れている邪鬼の首を引きよせた。
万歳をする格好で邪鬼の首を締めあげる。
邪鬼にはスリーパー、餓鬼にはレッグシザースで、リングの上に人体の直線が出来上がった。
2人を同時に責める藤堂の身体は、仰向けにガラ空き状態で、今鬼神に攻めてこられたらひとたまりもない。
だが、鬼神はコーナーにもたれかかったまま動く気配はない。
薄く笑みさえ浮かべている。
赤と黒の虎柄タイツの膨らみが大きくなったような気もする。
(あいつは只者ではないな・・・・)
藤堂は〝只者〟な2人を締めあげながら鬼神との闘いに思いをはせた。
「オ、オニイサン・・・強いじゃん・・・・・」
邪鬼が呼吸困難に喘ぎながら驚いている。
「おい、俺を誰だと思っているんだ?」
俺は地下プロレスのチャンピオン・・・・・とは言えない自分に気付く。
今はインディー・プロレスを〝職人〟として渡り歩く日蔭のレスラー・・・・・
(くそっ・・・・)
やり場のない苛立ちに、藤堂の全身に力が入る。
「おいおい、2人が死んじゃうよ。もういいから俺の相手してよ。」
鬼神の言葉に我に返る藤堂。
邪鬼・餓鬼は失神して伸びていた。
藤堂は邪鬼・餓鬼を蹴り転がしてリングの外に落とすと、鬼神と向き合った。
「さて、いよいよ本番じゃな。」
パイプ椅子に腰かけた竜崎老人が不気味に笑う。
鬼神が腕のストレッチをしながらコーナーからリング中央に歩いてくる。
「あいつらはガキの頃の後輩だ。アンタのお手並み拝見ってことで先にやらしたけど、よくもまあ痛めつけてくれたね。ふふふ・・・・。あいつらは鬼じゃないよ。俺が本当の『鬼』を見せてあげるよ。」
「鬼だか何だか知らないが、俺は急いでいるんだ。チンピラはさっさっと片付けるぜ。」
藤堂は竜崎老人を睨みつけた。
「今日は俺を犯すことは出来なさそうですよ。悪いけど。」
「ふぉっふぉっふぉっ」
竜崎から鬼神に顔を戻した藤堂は、突然視界が真っ白になり顔を抑えた。
「うっ!」
眼が猛烈に痛む。
鬼神が何か粉状のものを藤堂の顔面に撒きつけたのだった。
間髪いれず腹に重い痛みが走る。
「ぐぼっ・・・・・」
衝撃に備えていない腹筋に、鬼神の膝蹴りがめり込んでいた。
身体をくの字にしてリングを転げまわる藤堂。
「チンピラにはチンピラのやり方があるんでさあ。」
赤黒虎タイツが、ゆっくりとオレンジタイツに歩み寄っていった・・・・・
「えーっと、これは一体何を作っているのかな?」
ブッちゃんが、店の裏でトンテンカンテン始めた銀次郎の様子を見に来て戸惑っている。
「見りゃあ解るだろ!〝有刺鉄線ボード〟だぜ。猛者同盟初のハードコア・デスマッチで桜井を送るのさ。」
畳一畳はあるかという大きなコンパネ板一面に有刺鉄線が張り巡らせられたものが、何枚も出来上がっている。
「あのな、一応ウチは飲食店なんだよ。ただでさえ保健所がうるさいのに、流血はまずいっしょ~。」
「うるせー!当日は貸切で予約チケット持ってる客しか来ねえだろ。保健所が来ても入れなきゃいいだろ!」
「んな無茶苦茶な・・・・・」
「バットも作るぜ。いいか、桜井は死ぬんだ。猛者同盟の桜井は死んで、真日で復活するっていうストーリーだ。ゾクゾクするだろ!」
ブッちゃんはため息をついて店の中に戻っていった。
(桜井・・・・・最高の幕切れを飾ってやるからな!俺とお前の最後の闘いだ。男と男のな・・・・・!)
ワイヤー・カッターを握る銀次郎の繋ぎはギンギンにテントを張っていた。
つづく
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燃える展開で最高です!
しかも臭いらしいのにますます興奮します
有刺鉄線デスマッチも凄く楽しみです!