10月の爽やかな秋晴れの日曜日。
居酒屋「メンズ・バトル」の前には、午前中から男たちの行列ができていた。
桜井勇治の猛者同盟卒業試合の先行販売チケットを求める集団である。
先着100名、当日券無しということで、古くからの猛者同盟ファンが詰めかけていた。
しかも今回は18歳以上男子限定という異例の制限が設けられていた。
販売元としては、人権団体から抗議が来るかと警戒していたが、もともとファン層は男ばかりだったせいか、これといって悶着が起こりそうな気配はなかった。
店内で受付を担当しているのは酒屋の銀次郎と若手の直樹だった。
毎週末の興行時によく見かける常連のファンたちと言葉を交わしながら和やかに予約受付が行われていった。
時々サインを求められて照れながら色紙にペンを走らせる銀次郎。
極悪ヒールの微笑ましい姿を見ることができて、ファン達も嬉しそうだ。
「桜井さんメジャーに行っちゃうんですね。インディーの桜井さんが好きだったのに・・・・・」
予約名簿に記入しながら、ちょっと鍛えた感じの青年が寂しそうに言った。
「真日での桜井も応援してやってくださいね。」
銀次郎が言う。
「真日でもショート・タイツ履いてくれるかな・・・・・」
ひとりごとのようにつぶやく青年に、銀次郎がハッと顔を上げて青年の顔を見る。
青年は連れらしい後ろの中年男性と言葉を交わしていた。
(桜井はきっとメジャーではショート・タイツを履かない。それに気付くファンがいるとは・・・・。ってかタイツのことを気にしているファンがいるとは猛者同盟らしいというか、やはりプロレスにエロを求める人間がいるということだな・・・・・)
銀次郎はしみじみ思い、自分たちが男臭いプロレスを続けてこれたんだなと実感した。
青年の記入した名簿を見ると、「田代誠二」とあった。
会場でよく見かける顔だ。桜井が抜けた後も見に来てほしい。
青年の次に名簿にペンを走らせる中年男性はおそらく初めて見る顔だ。
田代に誘われて列に並んだのだろうか。
「ハセベ」とだけ書いたその中年男性は、料金を支払うとチケットを受け取りながら銀次郎をまっすぐ見据えた。
その眼光の思いがけない鋭さに、銀次郎は一瞬全身が緊張した。
「裏を知った人間が、表の世界でやっていけるかな。」
「えっ・・・・・・!?」
虚を突かれた銀次郎が戸惑う間に、中年男性と青年は列の人ごみに消えていた。
(なんだ・・・・・?あいつら・・・・・・。)
爽やかな日曜日に、突然湿った風が吹いたように感じた銀次郎だった。
代々木の邸宅街。
「竜崎」と掘られた表札の前で、藤堂猛はインターフォンのカメラを睨みつけていた。
カチャリ
巨大な門の、メインゲートではない隅の入り口が解錠された。
大柄な藤堂は身を屈めるようにして小さな入り口をくぐった。
邸の敷地内には鬱蒼と生い茂る木立があり、母屋の姿は確認できなかった。
さて、どちらに進もうか。
藤堂が考えあぐねていると、シュッという一瞬の音とともに首の後ろに痛みが走り、藤堂はその場に倒れ意識を失った。
視界が真っ黒にフェード・アウトする直前、青空を横切る真っ黒なカラスが見えた・・・・・
2時間前、藤堂はパセリさんの工房にいた。
カムイの留守電を聞き、カムイが鮫島に拉致されたことを悟った藤堂は手掛かりを求めてやってきたのだった。
「鮫島の居場所を知らないか?」
切羽詰まった様子の藤堂に気押されつつ、パセリさんは答える。
「俺は知らないよ。鮫島ともこの間会ったのがすげー久しぶりだもの。」
「あいつ、ここでタイツ発注したって言ってたよな。完成したのか?取りに来たか?」
「あ、ああ。何をそんなに焦っているの藤堂ちゃん。鮫島のタイツは出来上がってもう発送したよ。」
「発送?そんなサービスがあったのか?い、いやそんなことはどうでもいい。ど、どこに発送したんだ?鮫島の自宅か?」
パセリさんは机の引き出しをごそごそとやって1枚の紙切れを取りだした。
「あったあった、伝票。えーと鮫島の自宅じゃないみたいだよ。別の名前だもの。」
「ちょっと見せてくれ!」
パセリさんから伝票をふんだくる藤堂。
そこに記載された名前を見て、藤堂の下半身に衝撃が走る。
「竜崎・・・・・・臥門・・・・・!?」
呆然と立ち尽くす藤堂に、パセリさんが聞く。
「知ってる名前なの?」
「知ってるもなにも・・・・・・・」
藤堂は竜崎臥門に陵辱されたことがあるのだった・・・・・
気付くと、藤堂は頑丈な椅子に手足を縛られていた。
コンクリートむき出しの暗い部屋。
正面と横しか確認できないが、かなりの広さがある空間のようだった。
「久しぶりじゃな。藤堂。」
背後から和服姿の老人が現れ、藤堂の正面に立った。
顔は老人のそれではあったが、まっすぐ伸びた背筋、和服を着ていてもなお窺い知れる筋肉の盛り上がりは、まるで若い盛りの男のようだ。
「竜崎さん、これは一体何のマネですか?」
「ふぉっふぉっふぉっ・・・・おぬしがそろそろ来ることは解っておったのじゃ。折角の再会なのじゃから趣向を凝らそうと思ってな。わしが生来の演出家なのは知っておるじゃろ?」
「俺が来ることが解っていた・・・?ではやはりあなたが関係しているのですね?」
「そう急くな。」
老人は懐からプラスチックの瓶のような形をした容器を取り出すと、中のカプセル錠剤を口に放り込んだ。
「若さを保つためにはサプリが欠かせないのう。」
L-アルギニンと書かれた容器を再び懐にしまい、老人は微笑みながら藤堂を見た。
「鮫島周星の行方を捜しにきたのじゃろう?」
2年前、地下プロレスのチャンピオンだった藤堂は新人の鮫島周星に惨敗した。
地下の掟で、敗者となった藤堂は客に犯された。
高倍率のオークションを高額で落札したのは竜崎臥門という謎の富豪だった。
彼の老人とは思えない精力に、試合に負けて打ちのめされていた藤堂は、さらに駄目押しの屈辱を味あわされたのだった。
「カムイの失踪には鮫島がからんでいる。そしてあなたも1枚噛んでいる。そういうことですね。」
老人は笑顔を崩さなかった。
「正確には、鮫島の動きを察知したわしが、久しぶりにおぬしと遊んでみたくなって割り込んだ、というところじゃな。」
「鮫島の目的は何なんですか?カムイは無事なんですか!?」
「カムイさんとやらの安否はわしにもわからん。ただ、鮫島の目的はおぬしは解っておるはずじゃ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「鮫島はおぬしを犯したいのじゃ。」
「・・・・・・・・・・・・」
藤堂の股間が意思とは関係なく硬くなる。
自分を負かした相手、鮫島に犯されたいと思っている自分。
そんな願望に恐れをなし地下から逃げた自分。
そしてそんな自分を追いかけてくる鮫島。
「おっ勃てたようじゃな。望み通り鮫島の居場所は教えてやろう。わしをつてにおぬしが追ってくることは鮫島の計画通りなのじゃから。ただ、わしにも少し楽しませてもらう権利はあるはずじゃ。」
「また俺を陵辱するつもりですか・・・・・?エロじじいめ。好きにしろ!」
「ふぉっふぉっふぉっ・・・・・いい覚悟じゃ。だがただ犯してもつまらんからな。久しぶりにおぬしのプロレスを見せてくれ。勝てたらわしはおぬしに指一本触れずに鮫島の居場所を教えよう。だが、負けたら・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「負けたら、その時はおぬしの雄汁を一滴残らず搾り取ってやろう。安心しろ鮫島には会わせてやるから。」
藤堂の身体が椅子ごと持ち上げられた。
椅子を持つ二人の大男を見て藤堂は驚いた。
「お前ら・・・・・!?」
それは先日、親友の神埼太助をボコボコに痛めつけた餓鬼・邪鬼コンビだった。
黄色と黒の虎タイツがケツに食い込んでいる。
「俺たちの裏のバイトを知られちゃったね。オニイサン。」
椅子が180度回転し、今まで見えなかった背後が明らかになった。
リングがある。
そしてリングの上には、赤と黒の虎模様のビキニ・タイツを履いた筋肉隆々の大男がいた。
「はじめまして~。鬼神と申します~。」
虎柄がゆがむほどの股間の膨らみは凶器を思い起こさせた。
「ふぉっふぉっふぉっ!藤堂、おぬしはこの鬼神、邪鬼、餓鬼の3人と闘うのじゃ。エロい闘いを見せてくれよ。ふぉっふぉっふぉっ!」
老人の笑い声が響き渡り、藤堂は額から流れる冷や汗に視界を滲ませていた・・・・・
真夜中のバッティング・センター。
1か所だけ明かりが灯された緑色の網の内側で、ビキニ・パンツ一丁の男が悶え狂っていた。
意思を持たない冷酷なマシンが等間隔でボールを吐き出す。
空気を切り裂いてボールが失踪する先には、鍛え上げられた男の筋肉がある。
白球が生身の筋肉にのめり込む度に、男の呻きが周囲の闇の密度を濃くしていく。
「おあっ・・・・・!ああっ・・・・・・!次が・・・・留めの一撃だ・・・・・・!」
ホームベースの上に足を開いて踏ん張る青パンツの男。
ブンッ!
ど真ん中のストライク球が投げ放たれ、それはまっすぐに男の股間を直撃した。
「ぐふぅー!!!!」
白目をむいて倒れる男の股間にみるまに染みが広がってゆく。
(俺は・・・・金玉潰しジャンキーだ・・・・・・ボール・バッシュ・ホリックってやつ・・・・・・?)
桜井勇治は壊れていく自分を自覚しつつ、そんな自分を止められない自分を自嘲して笑った。
卒業試合まで、あと2週間・・・・・・・
つづく
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