「ご無沙汰しています。」
代々木の竜崎邸に訪れたのは元THPW会長の鷲号だった。
数十年ぶりに顔を見るかつての想い人は当然若いころの面影をほぼ失っていた。
それでも、竜崎の胸の内には、雄の盛りの爆発しそうな精力をプロレスにぶつけながらもどうにもならなかった心の空洞を、唯一埋めることのできた男の姿がたちまち蘇っていた。
「よ、よくぞ御無事で・・・・・」
はからずも上ずってしまった自分の声に、竜崎は自分が予想以上に動揺していることを知った。
「地上にこうして出てこれたのはあの方々の計らいかな?あなたは地下施設に幽閉されていると聞いていたが・・・」
心のざわめきを相手に悟られるのを恐れるかのように竜崎は饒舌だった。
「先日、あなたからの使者から警察の動きは知らされていたが、こんなに早く・・・・・」
「とうとう動き出したのです。」
鷲号が竜崎をさえぎった。
「最終決戦が始まります。THPWを、雄の殿堂を取り戻すための闘いです。」
鷲号の鋭い眼差しが竜崎の目をまっすぐに射ぬき、老人の股間が疼いた・・・・・
THPWの会員情報を手中にすることで国家権力に力を及ぼそうと企んだ闇の組織「黒杭組」。
その傍若無人な振る舞いに、国家はただ手をこまねいている訳ではなかった。
特に警察、自衛隊など男として崇高に生きたい、死にたいと考えている男たちが多くを占める機関では、なにより地下プロレスが冒涜されることを許すまじという気運が高まっていた。
THPW会員だったそれらの機関に属する男たちは決意した。
自分たちがスキャンダルにまみれることを覚悟して黒杭組にNOを突き付けたのだ。
黒杭組のTHPW完全撤退。
これが彼らの要求だった。
黒杭組が性癖情報を世間に流せば、彼らの社会的地位は地に落ちるだろう。
それすら厭わない悲壮な決意だった。
黒杭組としては脅しの材料が無力と化すまさに青天の霹靂だった。
ならばと、会員情報を公にしたとしても、黒杭組にはなんの益にもならない。
ましてやこちらのカードを全て切ってしまえばあとは国家の報復が待っているのみだ。
脅しは、相手が怯えていなければ効力を持たない。
黒杭嘉右衛門は潮時を知る男だった。
いかに巨大な暗黒組織だろうと国家と全面戦争はできない。
表があってこその裏の社会なのだと嘉右衛門は解っていた。
THPWの会員情報の扱いは、カネでけりが付いた。
国家が暗黒組織と取引をするなどとんでもない、という考えもあるだろうが、カネなんぞで収まるならそれが一番手っ取り早い。
こうして、「雄の殿堂」を守ろうとする男たちの決意によって地下プロレスは復活することになった。
ところが・・・・
黒杭組長は最後に捨て台詞を吐いた。
「しかし・・・・THPWに残るのは弱いレスラーばかりになってしまいますな。なにしろうちのレスラーにかなう者がいませんしな・・・・・」
雄の殿堂だか何だか知らないが、強いのは自分の組織のレスラーではないかと強烈な嫌味を言ったつもりだった。
しかしこの言葉を、黒杭組と直に交渉を持った政府高官は待っていた。
「無論、ただ撤退はさせません。最後にTHPWの精鋭とガチで勝負してもらいます。」
「ほほう・・・・お宅にそんなタマがまだ残っておりましたかな?それにそんな試合をやったところでウチにはなんのメリットもない。追いだされるのですから。」
「解っています。この最終決戦にTHPWが負けることがあれば、地下施設はまるごと黒杭組に譲渡しましょう。そこで賭けプロレスでもなんでもやればよろしい。ただし会員情報が外に漏れたりしたら国家は全力であなた方を潰します。」
「ほう?随分太っ腹ですな。それともよほど自信がおありなのかな?」
「こちらとしても先の全面勝負で負けたままでは、いかに地下プロレスが元に戻ろうとも落ち着かないのです。今度こそあなたがた〝悪の力〟に打ち勝って雄の殿堂を真に復活させたいのです。」
「ふふふふ・・・・面白い・・・・・あなたたちは国家の中枢を担うエリートなのに、まるで少年漫画のようだ。」
「〝男の子〟でなくなったら男として生きる意味などありませんから。」
高級スーツをスマートに着こなした政府高官の目はキラキラと輝いていた。
「と、竜崎さんもご存じのとおり我々は「光の戦士たち」を5人、揃えなければばなりません。今回竜崎さんに骨を折っていただいたのは有望なレスラーをお借りするためと、なによりあなた自身のためでもあるのです。」
鷲号は相変わらず強い視線で竜崎を見ている。
「ワシの・・・?」
「あなたは・・・・あなたはライディーン竜崎ではありませんか。地下プロレスの神とうたわれた・・・・・。袂を分かったとは言え、あなたもTHPWが堕ちてしまうのは望まないのではありませんか?」
「・・・・・・・・」
この男・・・・ワシがどんな思いでTHPWを去ったのか解って言っておるのか?ワシの気持ちに気付いていながら今になってもそうやって気付かぬふりをするのか・・・・!?
竜崎ははるか昔の情熱を思い起こして憤怒にかられた。
(だが・・・そんなことを今更言ってもせんないことじゃ・・・・・)
「解っておる。ワシの思いはともかく、あなたに力を貸すと決めたのじゃ。それで、〝光の戦士〟とやらは目星が付いたのかな?」
「それは私からご説明しましょう。」
いつのまにか部屋に入ってきていたのは長谷部だった。
BPPWの下では清掃員をさせられていた元支配人である。
「まずは、警察が威信をかけて育成した地下レスラー、ポリスマン向井です。」
どこか小便くさい場末の路地裏、ガタイのいいふたつの影がもつれ合っていた。
「マサオ・・・・俺はお前が好きだ・・・・お前がいないと生きていけない・・・・・」
「俺だって・・・・ヨシキのためなら死ぬのも怖くねえ・・・・・ヨシキ・・・・ああ・・・・・ヨシキ・・・・・」
2人はシャツを脱ぎ棄て、中途半端な彫り物が浮かぶ肉体を擦り合わせた。
「おあ・・・・マサオ・・・・・」「ヨシキ・・・・・・」
ベルトを外したズボンがずり落ち、越中ふんどしとケツ割れの下半身が丸出しとなった。
「おいおいおい!お前らなにやってんだ~!おいおい!やっぱりそうか!お前らホモか!」
趣味の悪いスーツを着たサングラスの男が現れた。
「怪しいと思ってたんだ、俺は。かーっ!気色ワリー!このホモどもが!おっ!?どっちがケツ掘られるんだ?え?オカマ野郎が!」
「ヘイタ・・・・・このことはみんなに黙っておいてくれよ・・・・俺たち本気なんだ・・・・・」
「オカマ野郎が何言ってやがんだ!アニキに早速報告だぜ!俺はオカマが大っキレェなんだ!」
サングラスが踵を返すと、狭い路地を眩い光が照らしだした。
「人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んじまえ、ってか。」
光の向こうから朗々と響く声。
サングラスには見えていた。バイクに跨る男?
男はバイクを降りるとヘッドライトの前に歩み出た。
白バイ隊員?
マサオとヨシキはまずそう思った。
だが、男は上半身こそ白バイ警官だったが、下半身は・・・・・!?
「なんだオメエ!ズボン履き忘れてきたのか?変態か!?」
サングラスがわめく。
男の下半身は紺色のビキニパンツだった。
「これは俺の仕事着だ。」
振り返った男の尻にはPOLICEの黄色い文字がプリントされていた。
「好みは人それぞれだが、差別は許さん!とおっ!」
ひらりとバック転したビキニパンツ男はサングラスの顔面にとび蹴りをかました。
目にも留らぬ早業にマサオとヨシキは声も出ない。
ヘイタは完全にのびている。
「今後こいつらにいちゃもんつけやがったら、全警察でお前をマークするからな。覚えておけ。」
ビキニ男が軽く手を掲げると、路地に大勢の制服警官がなだれ込んできた。
「おそらくナイフとか持ってるだろ。銃刀法違反でブチ込んでおけ。」
制服警官に指示するとビキニパンツはその場を立ち去ろうとした。
我に返ったマサオが慌てて聞く。
「ま、待って下さい。あなたは・・・・あなたは誰ですか?」
「俺か?俺はな・・・・」
男は再びビキニのケツを向ける。
「俺はポリスマン向井だ!」
長谷部が手に持ったリストを読み上げる。
「次は地上インディー出身、メジャーを蹴ってTHPW入りした桜井勇治です。」
桜井は温泉につかっていた。
ショートタイツのままである。
この訓練場では排泄の時以外はタイツを脱ぐことを許されない。
無色透明な硫黄臭漂うお湯につかりながら桜井は睾丸をマッサージしていた。
三人の教官による金玉攻めは日を追うごとに激しくなり、桜井は快感地獄に溺れていた。
「金玉は鍛えられる。」
教官の言葉が蘇る。
確かに、少々のことでは我を忘れて快感に呑みこまれることは無くなったかな・・・・
はれ上がった睾丸を揉みながら桜井は確かな手ごたえを感じていた。
リングで相手に急所を攻めさせて快感にひたり、最後はきっちり勝つ、という理想のレスラーのイメージが明確になってきた。
(おれは地上最強の金玉ファイターになる!)
まさにリア充の真っただ中にいる桜井だった。
(ん・・・・・!?)
温泉を囲む森の中に人影を見た気がした。
(教官かな?)
だが影が向かった方角には宿舎はない。
あちらには確か滝しか無かったはずだ・・・・・・
気になった桜井はお湯を出るとバスタオルで体の水滴をふき取り、影の向かった方に歩いて行った。
極寒の山中で、お湯に上気した桜井の身体から湯気が立ち上る。
(・・・・・・!)
いる。滝に打たれる者がいる。
誰だ?この寒い中真水の滝に打たれるなんて・・・・!?
桜井はさらに滝壺に近づいて行った。
次第に常軌を逸した人間の輪郭がはっきりしてくる。
男・・・・当たり前だ。ここは男の聖地。男しか入れない。
凄い肉体!?
なんだ?!あの盛り上がった筋肉は・・・・・
あ・・・・ショートタイツを履いている!?
あのタイツの色は・・・・!?
もしや・・・・あの男・・・・・・・!?
「3人目は元地下レスラー。竜崎さんの団体での元チャンピオン。フラッシュ藤堂です。」
そこで長谷部はかけていた老眼鏡を外し竜崎と鷲号を見た。
「彼は・・・・ちょっと問題があるようでただいま〝治療〟中ということですが・・・・・」
ふーっと竜崎が鼻息を漏らした。
「おらー、年下にボコボコにされて悔しくないのー?それとも悦んじゃってるのー?えー?トードーちゃん?」
巨大モニターの下で極太ディルドをケツにズコズコと抜き差しされながら、拘束された藤堂は目を血走らせていた。
何百回も強制的に見せられた鮫島との敗北シーン。
「うーっ!くっそー!ぐおー!鮫島ーっ!許さねー!ぐおーっ!!!!!」
藤堂の叫びが〝治療室〟にこだました・・・・・・
つづく
- 関連記事
-